2021/10/07

ザ・ムーン・キャッチャーと「間取」の間で

  President’s Medals(クリック)

ここは学生作品のコンペサイトで、過去から最近までの受賞作品が山ほど見られる。本当に山ほどある。そしてレベルが高い。世界中の建築を学ぶ学生の作品なのでどうしても良いものが選ばれる。

作品の傾向はバラバラで、実施プロポーザルに近いものから完全インスタレーションまでいろいろ。ほとんど文字が書かれておらず、図面らしきものも無いどちらかと言うと絵画と言って良いものもある。それでも、それでも、それでも、全部建築の中に入る活動のアウトプットなのだ。そして驚く事に、そのどれもが何らかの社会の問題を解決しようとしている点で共通している。あるものは部分的に、そしてあるものは全地球や人類全てに共通する問題を。

ちなみに、2021年9月12日の記事『ピョートル・スミエコーウィッチュ「ザ・ムーン・キャチャー」ピョートル・スミエコーウィッチュ「ザ・ムーン・キャチャー」』(クリック)もPresident's Modelsの受賞作だ。

改めて建築と言うのは幅広くて面白いと感じる。そして、全く平凡な表現をしてしまうが、凄い。


先日、ネットである事を検索していたところ、たまたま誰かに意見を求める掲示板のようなサイトがあった。そこに書かれていた相談は、「家を建てようと考えていて、住宅メーカーが提示した間取に自分たちで手を加えてみたけれどもこの間取で問題無いだろうか?」と言うものだった。質問とともに簡単な平面図が載せられていた。多くの経験者といくらかの設計者がコメントを寄せていて、どれも質問者にとって有用なコメントと思えた。トイレの位置が遠い、台所の収納はそんなに必要ない、通気のためにここに窓を設けた方が良い、リビングが家の中央寄りになっているので暗いだろう、等々。

と、またPresident's Medalsのサイトに視線を戻す。

この間取の問題と、President's Medalsの作品とどう繋がっているのだろう? President's Medalsのインスタレーション的作品まで行かなくても、実際の世の中には多くの建築家がデザインしたちょっと面白い、ちょっと以上に面白い家が多くある。正確にはあるらしい。それらは雑誌や書籍やネットで紹介されるけれども街を歩いていて行き当たる事が少ないから「らしい」で良いと思う。多少実感に欠ける。それらを見るとあの間取とは違った考え方でデザインされているのがわかる。とても個性的だし、物によっては本当に家なのか?と感じる物もある。けれども、それらはちゃんと人が住める家として成立している。個人の欲望を満たし個人の美意識に訴える。そして何らかの生活上の問題を解決してもいる。President's Medalsの作品と間取の中間にいると思われる。


もう1つ別の視点。もし、自分が建てるならどうするだろう?

いや、そこはもちろん、何か心を動かされる建築をデザインするさ、と言いたいところだが、それは本当なのか? 家には窓が必要だよね。では窓はどんな窓でどこに付ける? 通気、換気、そして採光を考える。広い窓の方が気持ち良いよ。南向きだよな。床はそうだな、フローリングで壁の色は明るく白かな? キッチンはリビングに近い場所か、それとも対面にしてダイニング兼用で...と考えて行くとどうだろう? もちろん、そうやってどんどん頭の中をいっぱいにしていけば住宅メーカーさんが持ってきてくれる間取ってものを検討して、ここはちょっと変えたいなと言い出すはずだ。これが普通。

それで、自分の立ち位置をどこに置くかと考える。

あれはもう2ヶ月近く前になるけれど、スターハウスの未来にある暮らしに応募(クリック)した時に感じた事なのだけれど、やはり実施の可能性があるデザインであると実現性を考えないといけないのでどうしても間取のような考え方に偏ってきてしまう。そして提案は1戸分でなくて複数戸になればなおさらで、あまりに個性的にするわけにはいかないと。寝室とバスルームの位置関係、子供のいる家庭が入った場合、和室は必要か?、個々の部屋は狭くても部屋数は多めでないといけないのでは?

それをどんどん考えて行くとオリジナルの設計者が考えて採用されたように標準設計戻ってしまう。そもそもそれが問題だったにも関わらず。


この問題、考えれば考えるほど多岐に渡る議論が必要だ。けれどもこれを議論のネタにするつもりはない。どちらかと、言うと自分が考える中でいくつかの立場を行き来する事ができて、本当に自分にとって(他人の場合もある)何が良いか、どのレイヤーの自由度を優先するかを特定の立場に偏らずにいて考えられるようにしたい。

窓? 自分にとってこの窓必要? 床って平らな方が良いのか? トイレにドア付ける? 玄関は要らないか? 車はベッドの横に停めようか?

自由を求めるには自分も自由な場所に居られないといけないと思うが、自分自身を自分で縛ってしまっている不自由さの方をより多く感じてしまう。普通、建築をやっている人はそう言う、自分自身の事など言わないのだろうが。

2021/10/05

「野生のガラス」提出パネル その2

 

2つめの作品の提出をした。今回は起案から提出までに3日間だけ。作り物はあるが実施設計ではないので図面無しで済ませた。(前回提出したものは本当にガラスだけなので作り物は無しだった。)

上の絵がJamboard上の検討画面。本当はもっと絵があったが消しながらやったので残っているものは少ない。と言ってもラフスケッチからあまり変更が無いので初期パネルを残す意味も無いが。

このコンペ、一応建築のコンペなのだからもう少し建築的な感じの提案にしたらどうか?と考えないでもないが、何しろお題が「野生のガラス」と言うようなどうしても禅問答なのでそれに対応する案を出して良い...と言うよりは出すべきなのじゃないかと思う。だいたい巨匠と言われる建築家のスケッチもそれ単体で見たら何だこりゃ!的なものなわけだし。それに比べればこれでも「確かに作ろうと思えば作れるよね」レベルだと思うからかなりマシのはず。寸法は書いてないけれども。


寸法は書かないけれども、建築として何をやっているかと言うと、それは「社会問題の解決への提案」だ。建物を作るだけが建築の仕事ではないと考えるので。

我々は使用し終わったガラス(今回は「コントロールからこぼれ落ちるガラス」)を廃棄と言う名目で見えない場所に「隠している」。そしてそれ以上その物の事を考えず、忘れてしまう事で生活を成り立たせている。忘れられたその物は死体としてずっとそこに置かれたままとなる。その理由は、最近はリサイクルや持続可能な社会と言われるが、「それするにはお金がかかるんだよ」と言う各論によってさらに放って置かれるかもしれない。つまり、資本主義の論理にはなかなか抗えないのだ。

と言うわけで、やる事は簡単だ。活きられる場所に置いてやろう、と言う事。

とは言え、それはどこだ?と考えなければいけない。そう、誰かの邪魔になってはいけないわけだし。そこで思いついたのは、頭の上。人が歩く上の空間はほとんど誰も使っていない。上を見れば空が見える。そこに置こう。そうすれば完璧ではないが強い雨は弱まり、強い太陽光は柔らかになるだろう。それで彼らはずっと生きていける。


提出日は2021年10月3日。この記事は提出期限の後に予約投稿で公開。

「野生のガラス」提出パネル その1

 

スタディ08でどうも複雑すぎてわかり難いと感じたので、スタディ09以降全く変えてみた。1枚で短編小説を読んだ感じになるようにしたかった。最上段にセリフを1つ入れてそれが全てを説明している風になっている。(そんな小さな文字を読んでもらえるか?と言う疑問はある。)

細かい調整をしながら中央奥に人物を入れ、手前の自分との関係を強調している。やはり空間から何かを感じても最終的には人と人の関係に影響するものだろうと考えたから。
以下が最終提出案。
これが建築コンペの提出品なの?と多くの人は思うのではないだろうか?
それで良いのです。

(この投稿はコンペの締め切り日を過ぎた時点で公開されるように予約投稿しています。)



2021/10/04

大富豪による巨大人工都市計画で理想郷の夢を見る

 大富豪マーク・ローリー氏、総工費4000億ドルの巨大都市建設計画を発表 - CNN (クリック)

先日(2021年9月28日)に「出しゃばり過ぎない「塔」の提案に感銘」と言う記事を書いたが、ちょうど「大富豪マーク・ローリー氏の巨大都市建設計画」で本当に都市を作る計画に関する記事が出てきてこちらはどうなのか?と気になって読んでみた。

都市の名称は「テローサ」。記事で真っ先に注目されているのはやはり技術の側面だ。「環境に配慮した建築、持続可能なエネルギー生産、さらに渇水にも耐えうるという水道システム」、「超高層ビル、エクイティズムタワーは、高架貯水槽、エアロポニックス(空中栽培)農園、生産した電気の共有・分配が可能な太陽光発電屋根が装備され、レイアウトプランは「自宅から15分以内で職場、学校、各種公共施設に行ける」となっている。

そしてその技術よりも特に注目すべきポイントは、「透明性のある管理・運営と『社会の新しいモデル』。住民らが意思決定や予算編成に参加できる。」、「世界で最もオープンで、最も公正で、最も包括的な都市」と言うところ。

なぜこの点が技術よりも注目すべき点になっているかと言うと、マーク・ローリー氏の真の目的は「資本主義の重大な欠陥を是正し、より公平で持続可能な未来を築く」事となっているからだ。もし本当に可能であれば、まさに人間としての理想郷に近いものができるかもしれない。

もし「できれば」だけれども。


短い記事の文章から判断してしまっては良くないが、第一段階で5万人規模の都市、40年後に500万人に達する巨大な都市になるとして、そこに住み着く住民の多くがオープンで公正な都市の何らかの意思決定に本当に参加するものだろうか?

どうしてそうした懸念が生じるかと言うと、そもそも都市とは何かと言うところから来る。都市と言うと一般に多くの先進機能が集中しそれを目当てに多くの人が流入する場所である。平たく言えばカッコイイ場所だ。だから多種多様な人々がそこで出会い、そしてさらに何か素晴らしいものが生み出される。それは一面として正しい。けれども、それとは逆の面の方が実は大きいと考える。つまり、人が集まってその場所を運営する事によって何もしない、何も考えないでそこに居る人間が相当に多くなると言う事だ。なぜならば、便利だから。所得から一定割合の税金を支払う事ができ、ある程度の家賃や公共料金と生きるために必要なコストを負担できさえすれば郊外や農村に住むよりは相当に便利だ。ただそこに生きるためだけならば何も積極性は要らない。街が便利であればあるほど自分自身で考える必要すら無くなる。それが都市であると言うのも別の一面として正しいはずだ。

500万人が意思決定に参加するとしたら、それは本当に革命的であると思われる。もちろん全く方法が無いとは思わないが、それを実現するには既に言われているスマートシティの構想を相当に超えた何かが必要になると考える。


追ってそうした事に関する報道や資料が出てくる事を切に望みます。

建築におけるおとぎ話、SF、空想と実装の間に

  (仮称)ふくしま農業人材育成センター施設設計プロポで、辺見設計・C+A共同企業体が最優秀者に選定。技術提案書も公開(クリック)


これは個人で参加できないコンペのプロポーザルとその結果。5者の提案書とその講評が全てpdfで公開されていたので読ませていただいた。ちょっと考えさせられるものがある。

まず上から提案書を1つづつ見ていった。

最優秀となった辺見設計・C+Aさんの提案タイトルは「先人の開拓スピリットを未来へつなぎ、新時代のリーダーを生み出すクリエイティブ・プラットフォーム」、再生建築研究所・八光建設さんのタイトルは「農業の今と未来をつなぐ校舎--おおらかな風景とあたらしい文化をつなぐ小さな小屋--」このあたり、志がとても高いのがわかる。それ以外はもう少し現実的なタイトルになっているけれども、内容を読ませていただくと同じようにやはり志はとても高い。どれも素晴らしい提案になっている。

提案課題は5つ。

  • 県農業の持続的発展に向けた先端技術(スマート農業)を学べる施設
  • 良好な教育・研修環境の中で学生や研修生が快適に過ごせる施設
  • 学生等の自らの学びと農業者、指導者等と多様な交流を促す施設
  • 伝統と革新、地域に配慮した意匠、県産材の積極的な活用とエネルギー性能が高く持続可能性に優れた施設
  • それ以外に提案者が特に重要と考える提案
詳細資料はこちらから。

なぜこの公募が行われたかと言うと、老朽化した施設の更新とアップデートされた研修に必要な施設を作りたいから。なぜそれをするかと言うと、教育研修体制と内容を強化する事と学校の運営機能を強化したいから。さらにその上位の目的は地域の農業経営者でありリーダー人材の不足を補いたいから。具体的にはIT技術を応用したスマート農業に明るい人材を輩出する事。こちらももっともな内容となっている。公募を募るにあたってもちろん基本要件はきちっと決められている。

考えさせられるものがあると言ったのは次の点。
提案するに当たって、公募資料の中に無いものが多く混じっている。それは例えば、スピリット、自由で多様、交流を促す、何かと何かを有機的につなぐ、学生が能動的または自主的にと言うような事。これはそれぞれの提案者のノウハウであるとも考えられるけれど、単に修飾にも見える。実際にそこに働く教師や学生にリサーチしてと言うのもあまり考えられないし、要件の中では何をやるは書かれて行ってもどのようにとは書かれていない。そうしたところからおとぎ話、SF、空想を重ねて実施提案に被せて行くのだろうと思われる。

実施しないコンペや学生作品であればこうした空想は常にあり、逆に言うとそれが無ければいけないのだけれども、実施となると言葉にして表しにくいポイントを提案者が大幅に補う作業が必要なのだろう。

そしてモヤモヤしてしまうのは、実際の教師や学生はどのように彼らの中で交流と言うのをしたがるものなのだろうか?教師は交流より一方的に知識を頒布するものとして教育を考えていたりはしないだろうか?学生は想定よりも積極性に欠けていて教えられた事を飲み込む作業のみに焦点を当てていると言う事はないだろうか?そうしたネガティブな側面を建築は別のより良い方向へ向ける手助けはできるのだろうか?そもそもそうした提案自体が必要なのだろうか?と言った事だ。こうした事は提示されている書類からはなかなか読み取れない。


ただ、それとは別にもう1つ思うのは、もし提案者にそうした、つまりおとぎ話を紡ぎ出すマインドが全く無いとしたら、きっとそれでも建築と言うものは出来るのだろうけれど、出来た途端にその建築は劣化を始めてしまい、ただの中古建築になって行くのではないかと想像できる事。作られた時点が最も価値があり、5年、10年と経過するうちにどんどんと価値を落としてしまうただの建物になってしまうのではないかな?、とそんな風にも考える。これは全くわからない事だけれど、

いずれにせよ、参考になりました。ありがとうございます。

2021/10/01

「野生のガラス」もう1つ提出しようか?

  「野生のガラス」(クリック)コンペの応募締め切りが10月4日となっているが、突然、もう1案出したくなった。時間が無いので急ぐ。幸いにも明日、明後日は土日で休暇だ。時間がある。このコンペは実施コンペではないので詳細設計は無くて構わないはず。急げばできるかもしれない。


人の管理から零れ落ちたガラスたちと言えば廃棄される色ガラス。リサイクルされるようになってはきているが未だに廃棄処分が多い。分別が難しいからだ。そして廃棄されて地面の上に置かれているとそのままずっとそこにあり、腐らない、風化しない、土には返らないまま死体としてそこにずっとある。

アイデアは単純だ。置き場所を変えるだけだ。あまり使われる事のないどこかにこれを移動してやるだけで生き返ると言う事はないだろうか?と言うもの。

あった、あった、その場所が。

これ以後は提出できたら公開予定。急ごう。

「スモールハウスコンペティション2021- bigHOUSE」

  スモールハウスコンペティション2021 応募ページ(クリック)


コンテナハウスの商品化を前提としたコンペだそうです。

(以下の概要は間違いがあるかもしれないので公式ページで確認してください。)

募集内容

  • 木製コンテナデザイン(コンセプト、想定ターゲット含)
  • 最大サイズ:間口2,350mm × 奥行5,460mm × 高さ2,800mm
  • ただし、可動を前提とし基礎に連結しない。

提出物

  • A3用紙(片面1枚、横向き)最大5枚程度(3~5MB以内のpdfでも可)
  • 図面、パース、ドローイング、CG、模型写真など
  • コンセプトや作品の特徴、アピールポイントは文章にてまとめる

締切:2021年10月31日 (日)

  • 【一次審査】2021年11月10日(水)
  • 【二次審査】11月19日(金)、オンラインプレゼンテーション
  • 【結果発表】11月30日(火)、公式ホームページにて

  • 最優秀賞 (1点):賞金30万円
  • 優秀賞  (1点):賞金20万円
  • 入選   (3点):学生部門・プロ部門・アマ部門 各賞金15万円
  • 社長賞  (1点):賞金10万円
  • 工場長賞 (1点):賞金10万円
  • 営業部長賞(1点):賞金10万円
※プロ部門、アマ部門、学生部門に分かれているそうです。Webのフォームでエントリーすると3つのうちのどれかに✓を入れるようになっています。最優秀賞金が30万円と高くないですが、賞が多くあるので他のコンペより入賞し易いかもしれません。


以前からコンテナハウスやトレーラーハウスには興味があった。その理由は、1)価格が普通に家を建てるほど高くない。 2)日本にいる母の家が(普通は実家と言うらしいが)地震、火山爆発を懸念しなければならない場所に建っているので、普通の家では避難できない。移動可能であればできる可能性が残されている事と、移動できなかったとしても地面に連結されておらず自立していれば揺れても地震で潰れる可能性が低いと考えられるため。3)また、家族の人数が夫婦2人のみなので部屋数も面積もあまり多くを必要としないため。

こう言うのは軽自動車と同じで限られた面積と体積を可能な限り広くとろうと考えるのでどうしてもデザイン的に最大限に広げた箱をイメージしてしまう。そうなるともちろん誰がどうデザインしてもあまり違わなくなってしまいそうだ。そんな中、何かやって面白い事があるだろうか?どうかなあ?日本人はスモールハウスが得意な人が多そうだから上手い人も多いだろう。